&ART 暫定アート宣言

「これはアートなのでしょうか。」

アートプロジェクトに関わっていると、特に、絵画や彫刻など古くからあるスタイル以外の見た目をもつアートの現場で、たまにこういう問いを受けます。実際にそうした疑問を持ったことがある方も多いのではないでしょうか。ときに断言調の場合もあります。

「あんなのアートじゃない。」

よく聞くフレーズです。アート(芸術/美術)のイメージと、そのイメージを縁取る境界線は、人によって違うようです。馴染みのない事物現象に出合い、分類の引き出しに納まらないという非常事態を収拾するため、吐き出される捨て台詞…アートではない。アート界に関わりを持たない人のみならず、アートに接することを生業とする人からこうした言葉がもれでることを聞いたことがあります。

ある著名な批評家・研究者が、日本を代表するコンテンポラリーアートギャラリーのオーナーに対して、そのギャラリーが取り扱うファインアート畑の外から参入してきた、今勢いのあるかなり広く知られたアーティストが関わるプロジェクトの作品について評した発言です。

「アートじゃないから、あんなのやめた方がいいですよ。」

新幹線の外装を丸ごとその作家の写真で覆いつくした、流行りのラッピング車輛についての指摘でした。工業製品である列車のエクステリアは、デザインではないか、という主張と察せられます。しかし、その特別な新幹線は、1編成だけの一点ものなので、アートの仲間に入れてもよさそうな気もします。

美術の歴史を振り返ると、のちに異論なくアートとされるものがアートではないと判定されることがままあります。

まずモネを思います。パリで開催された第1回の印象派展で、モネの絵を見た評論家のルイ・ルロワが、印象はあるが壁紙の方がまだましと、暗に芸術の域に達していないと評しました。

そしてデュシャンを思う。便器は芸術作品ではないと展示を拒否された現代アートの父。

さらにバンクシーを思え。グラフィティ系の作家は常に落書きとアートの違いに直面せざるを得ません。

表だっていわなくても、みなさん思ったことはあるでしょう…あんなのアートじゃない。ではあなたのいうアートとは何か。定義となると覚束ない場合が多い。それはある意味仕方ありません。アートと非アートの境目はあいまいです。

以下に今年の春から隔月刊になった美術雑誌、美術手帖のバックナンバータイトルをこの1年分ほど並べてみます。

アートと人類学(18年6月)

ART COLLECTIVE(18年4月)

言葉の力(18年3月)

テレビドラマをつくる(18年2月)

バイオ・アート(18年1月)

これからの美術がわかるキーワード100(17年12月)

GENDER IS OVER?(17年11月)

新しい食(17年10月)

川島小鳥(17年9月)

荒木常惟(17年8月)

アートフェスティバルを楽しもう(17年7月)

SIGNALS!(17年6月)

坂本龍一(17年5月)

池田学(17年4月)

昨年度前半は、アーティスト個人の名を冠した特集が多く組まれていることがわかります。ところが、後半以降になると個人が姿を消します。代わりに目につくのが、アートと他の分野を接続する企画。生命科学やバイオテクノロジーとアートをつなぐ「バイオ・アート」。食とアートで「新しい食」。「アートと人類学」など。「言葉の力」で多く取り上げていた詩は、古くから芸術の代表的ジャンルですが、「テレビドラマをつくる」のテレビは、かなり微妙です。

ここから、アートの枠組みが昔より広がっていることがみてとれます。というより、商売としてのアートが無条件に成立し難くなっていると考えられます。美術家⇒美術商⇒美術館⇒鑑賞者、画家⇒画商⇒収集家というようなアート界の自律的な生態系以外に、アートに触れる経路は飛躍的に増えています。全国各地で毎年毎月毎週のように開かれている各種芸術祭、アートプロジェクト、公共の場に置かれたパブリックアート、商業店舗に併設されたアートスペースやギャラリースペース。いまやアートとおぼしきものに触れないように行動する方が難しい。ただ、人はアートらしきものにふれたとき、常にアートかどうか見極めようとするわけではありません。

「それはアートなのか。」

私が訊きたい。わかりません。アートと非アートの境目はよくわかりません。

さて、駅伝芸術はアートなのでしょうか。やはりわかりません。しかし、暫定的にアートとしたいと思います。それは、モネやデュシャンのように、のちにアートの王道になるかもしれないという意味で仮にアートとしておくということ。もしかしたら「駅伝芸術派」というネーミングで、印象派のようにアートの一大潮流にだってなるかもしれません。または、「パフォーミングアーツ」のように、アートの一形態を表すことばとして定着する可能性もあります。しかし、すべては事後にわかること。そんな妄想にふけっている間に、秋の本番へ向けて詳細を詰めねばなりません。

(テラッコiwaosho)

 

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カテゴリー: art

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