ゼニカネのこと

「ぜにのないやつぁ俺んとこへこい」

歌手でコメディアンの植木等さんが歌う『だまって俺について来い』の冒頭です。

そのあとこう続きます。

「俺もないけど心配すんな」

天才です。この天才歌詞を作ったのは、元東京都知事の青島幸男さん。

似たような風景が私の周りでも見受けられます。だいたい、アート界隈に在住する方々の大半は、厳しい台所事情を抱えながら作品制作に向き合っているようです。先ごろ、芸術とカネをめぐるある報道がアート界の一角をざわつかせました。

「若手芸術家の育成をめざす文化庁の委託事業で、これまで採用され続けてきたコンテンポラリーダンスの団体が、今年初めてひとつも対象に選ばれなかった。事業名は「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」。伝統芸能、音楽、舞踊、演劇という各部門の団体に対し、国が若手芸術家の育成を委託するものだ。前身を含めて2002年に始まり、今年度は8億7千万円の予算がついた。」(新たな身体表現、逆風の時代 コンテンポラリーダンス、委託対象外に 8月28日 朝日新聞)

コンテンポラリーは旗色が悪い。古典というと、畏れ多い感じがします。モダンというとなにか新しい気概のようなものを感じます。コンテンポラリーはどうでしょう。語感からか、なにかチャランポランなイメージが湧いてきます。いまだ評価が定まらぬ不定形のもの。しかし記事にある勅使河原三郎や山海塾は評価されているではないか。いえいえ、国家100年の計といいますが、50100年先のことなどわかりません。鬼が笑うどころの騒ぎですみません。

記事にあるようにコンテンポラリーは伝統的な芸術や芸能と競合します。金銭面で。日本の文化行政上、何が(助成すべき)文化芸術なのかを定めるのは、文化芸術基本法(2001年成立、2017年改正)のみです。

このなかで、支援の対象となる芸術ジャンルを細かに挙げています。文学、音楽、美術、写真、演劇、舞踏その他の芸術(第八条芸術の振興)、映画、漫画、アニメーション、及びコンピュータその他の電子機器を利用した芸術(第九条メディア芸術の振興)、雅楽、能楽、文楽、歌舞伎、組踊その他我が国古来の伝統的な芸能(第十条伝統芸能の継承及び発展)、生活文化(茶道、華道、書道、食文化その他の生活に係る文化)、国民娯楽(囲碁、将棋、その他の国民的娯楽)並びに出版物及びレコード等、などなど。

 文化芸術基本法が2017年に改正される前は、文化芸術振興基本法というタイトルでした。それまで多用されていた「文化芸術の振興」という文言が、ことごとく「文化芸術の施策の推進」ということばに置き換えられました。改正で新設された次の条文が趣旨を象徴しています。「文化芸術に関する施策の推進に当たっては、文化芸術により生み出される様々な価値を文化芸術の継承、発展及び創造に活用することが重要であることに鑑み、文化芸術の固有の意義と価値を尊重しつつ、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業、その他の各関連分野における施策との有機的な連携が図られるよう配慮されなければさらない。」(第2条、基本理念)

それまでは無条件に芸術の振興に価値を認めていたものが、(文化芸術の固有の意義と価値を尊重しつつ…と逃げもうっていますが)観光や産業、その他の社会的価値創出に貢献することを求められるようになりました。これを芸術の道具主義といいます。駅伝芸術はそうした経済的価値に結びつくのでしょうか。

冒頭の歌の続きです。

「みろよ青い空白い雲 

そのうちなんとかなるだろう」

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カテゴリー: art

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